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第3回自閉スペクトラム症と生きる

現在しらとり支援学校(婦中町)1年生の男の子を育てる、蓬沢未紀さんにお話を伺いました。
未紀さんのお子さんは、自閉スペクトラム症ですが、人と関わるのが好きなタイプ。
手を掲げるとタッチしてくれたり、バイバイしてくれる、愛らしいお子さんです。

​​1.出産から上市町での保育園生活

2018年に湊斗くんを出産。
妊娠・出産時は医師から特に何か言われることはありませんでした。
ですが、家族が一つ気になった点は、湊斗くんが全然寝なかったこと。
朝も昼も夜もなかなか寝ないので、親も祖父母も家族全員が寝不足になり、大変な思いをしながらの育児がスタート。

町の1歳半検診で、湊斗くんが目で物や人を追わず言葉も話せていないという発達の遅れを指摘されました。
当時の担当保健師に
「今からできることはないですか?」
と聞いたところ、
「社会性が早く身につくように、すぐ保育園に入れたほうがいい」
と言われたため、みんなと睡眠のリズムが違う子が保育園に行けるのか不安を覚えながら、保育園入園に向けての活動を開始。

その結果町内の保育園に、2歳の時に入園。
入園前の面談では、本当は子どもも連れて話し合うのが理想ですが、湊斗くんがじっとしていられず、癇癪もあるため、自身と先生との1対1で話し合いをしました。

保育士でも、発達障害に理解がある人はまだまだ少ないのが現状。
事前に湊斗くんの特性について話し合いはすませていますが、
やはりみんなと同じようにはいかず、
すみません
ご迷惑おかけしています
いつもそのように答えることしかできません。

保育園はみんなと同じリズムでの生活に慣れさせるため、湊斗くんにお昼寝を促してくれます。
ですが、湊斗くんは保育園でお昼寝すると、夜は家でなかなか眠らず、朝の4時くらいにようやく就寝します。
そうなると親は大変です。
体力が持たないギリギリの中の子育て。
保育園や職場に理解をしてもらうために、大きく働きかける体力も気力もない、何とかこなすだけの状況が日々続いていきました。

湊斗くんは睡眠が安定せず、十分な睡眠がとれていない点と自身の思いが伝わらないことで癇癪を起こすことが多々ありました。
保育園から精神が安定しない日には、湊斗くんのために家で過ごしてあげてくださいとの言葉もかけられることもありました。
ですが、コロナ禍で働き口を探すのにも苦労し、実母が働いている場になんとか自分も入れてもらった職場。
簡単には休めず、夜勤もあるご主人と交代で育児をしました。

湊斗くんにもっと眠ってもらえるよう、
こどもの城
大岩児童館
誰もいない公園
そういった場所に、足しげく通いました。
そこで出会ったいくつものきっかけは、今に繋がっています。

また湊斗くんのような多動児は、じっとそこにはいられません。
当時はどのような場所に相談すればいいか、わかりませんでした。
1歳半健診の際は、3人の保健師から話しをされた記憶があります。
湊斗くんが他の子と違うことは伝えられても、その後どうしたらいいのか『保育園に入れる』以外の明確なアドバイスはありませんでした。
同じように困っている保護者はいないのか、と孤独を感じました。

2.こども発達支援室とのつながりと恵光学園への入園

未紀さんは上市町の子どもの発達や行動、学習などで心配や困った際に活用できる、「にこにこ相談会」にも参加しましたが、思ったようなアドバイスは受けられませんでした。
そこで、相談会で耳にした富山市のこども発達支援室へ足を運ぶことに。
こども発達支援室に繋がってからはいい流れを作ることができ、たくさんの情報をもらい、年少から富山市の恵光学園に入園することになります。

こども発達支援室は何組かの家族と一緒にフリールームや教室に参加できます。

保育士だけでなく、臨床心理士もいらっしゃいます。
遊びの中で今のその子の状態を見てくださり、相談もできるのでとても良い機関だと思います。
そして見守り体制がしっかりしているので、親も子も安心して過ごせます。
例えば湊斗くんがおもちゃで自身の顔をかんかんと叩くのは、頭に響いてくる振動(感覚)が楽しくてやっているということを教えてもらえました。
臨床心理士に教えていただき、はじめてそうだったのかと知ったことの1つです。
湊斗くんは発達障害のため、ブロックを貸してと言われても、理解できず貸すことができません。
無理に取り上げると癇癪につながります。
一般の児童館ではこうした他の子とのやり取りができないことから、完全に安心して過ごせる環境ではありませんでした。
発達支援室は、ほかの子を見る、みんなで歌をきくなど、保育園の手厚い版と考えられるような場所。
施錠もきちんとされており、子どもが衝動的に外に出てしまう心配もありません。

発達支援室で、湊斗くんのためにどのような環境を整備したらいいか、相談・面談。
富山市恵光学園(療育園)の通園部はどうか、と提案してもらいました。
通うには、事前に申し込みが必要です。
夏にギリギリで申し込みを行いました。
それから富山県立リハビリテーション病院での発達検査の予約も半年待ちなので、2歳半には予約をと教えてもらいました。
その時に同時に療育手帳の存在も教えてもらい、申請することに。

恵光学園の通園部は定員が少ないですが、なんとか受かることができました。
受かった後は、町からもらわないといけない書類の手続きに苦労することに。
恵光学園に受かったので書類がほしいと町役場に手続きに行きましたが、町から恵光学園に通っている子が近年いなかったため、書類をもらうのに時間がかかりました。
もう少し、役場を含む公的機関からのフォローが手厚ければいいのになと感じました。

上市町のことばの教室に通いだしたのは、2歳からです。
こどもの城の当時の館長から、紹介していただきました。
最初のうちは教室に通うことに慣れるため、来るだけでOK、お菓子を選べたらOKといっていただいて、ハードルを低いところから設定してくれる寄り添いがとても助かりました。
保育園で過ごしたあと、ことばの教室でも『がんばらせる』とその分、家での癇癪にも繋がるからです。
どんなことを行うにしても、理解に人一倍時間がかかる湊斗くん。
細かな目標設定とそれに対する支援ももちろん大事ですが、生活全体を見通した支援が不可欠です。

恵光学園に入園した当初は、車にじっと座っていられず、チャイルドシートを抜ける方法を考える子でした。
そんな湊斗くんが学園に通うようになってから、少しずつじっと座ってバスに乗れるように変化したのです。
音楽を流したり、停留所に停まる毎に運転手さんが声かけをしてくれたり、バスが楽しいところと思わせてくれたおかげでしょう。
学園に行くのが嫌となったことはなく、楽しい場所として通ってくれました。
園長先生はもちろん、先生方からの愛情もたっぷりの恵光学園。
小学生になった今でもよく学園に寄らせてもらっています。

3.しらとり支援学校への入学

恵光学園に入るまでの苦労を考えると、しらとり支援学校に入るまではスムーズでした。
ことばの教室に通っていたこともあり、教育委員会の先生方と繋がれていたためです。
富山市の療育園に通っていても、進学先が県立の支援学校であっても、上市町で就学前検診を受けます。
教育委員会の先生方には、たくさんの配慮をしていただきました。
本来の校区とは別の校区で検診を受けることを提案してもらい、検診の待ち時間を少なくしてもらいました。
そして小学校の支援級もあけてくださり、他の子を気にせず過ごせる場も作っていただきました。
全ての検診に先生が付き添ってくださり、これも本当に助かりました。
発達障害の子は、みんなと一緒に行動することが1番難しく、苦手なので、町ならではの支援をしていただき感謝でいっぱいです。

現在しらとり支援学校では、3人級のクラスです。

先生が2人ついてくれています。
授業参観では、リラックス体操を先生と一緒に行いました。

体に力が入っていることが多いので、先生に体を預け、脱力した状態でマッサージをしてもらうことで、今どこが触られているかや身体の部位の名称を覚えることができます。
発達障害には手先の不器用な子も多いので、指先を使った授業もあります。
ストローにモールを通したり、小さな製氷皿に細かいパーツを並べたり、その子その子の様子や特性を見ながら、様々な経験ができるよう学びます。
湊斗くんは指先の力が弱かったのですが、洗濯バサミをつまんで取れるようになる成長をみせてくれました。
学校に通って訓練した成果です。

しらとり支援学校までは、上市から1時間かかりますが、恵光学園でのバス経験から湊斗くんも1時間着席してのバス通学ができるようになりました。
バスは役場から出発。
北アルプス文化センター前での乗り降りのため、危険が少ない場所で安心です。

学校が午後1時半に終わって2時半に帰宅する日は、放課後等デイサービスを利用しています。

湊斗くんは小学生になり、朝も早起きし、学校での運動量が増えた関係か、睡眠時間が増えました。
午後4時半ごろに帰宅する場合、疲れて家に着くと30分から1時間程度寝る日があります。
そんな日の就寝時間は午後11時から12時。
夕方寝ない日は、午後9時から10時には眠るようになりました。
幼児だった頃は頻繁に中途覚醒がある子でしたが、小学生になってからはとても少なくなりました。
ある程度眠ってくるようになるまでの6年間はとても長かったです。
ふらふらになりながら仕事に行って、夫婦でなんとか乗り切ってきました。

4.未紀さんと湊斗くんの実際の生活

子ども達の特性や成長はそれぞれ異なっていて、小学校の同級生の中でも、できないことが多い湊斗くん。
しかし恵光学園での習慣が身についており、小学校では自分でかばんの中身をしまったり、ハンカチで手をふくなど基本的なことができています。
給食の時は自分でエプロンもつけれます。
 

恵光学園で、一人ひとりの子どもの発達に応じてアプローチする、ポーテージ指導を学びました。
家ではボードに写真をマグネットで貼って用意し、ごはんにするかお風呂にするかなど選んでもらいます。
絵のカードだとわからない子もいるようで、湊斗くんは現物の写真を撮って使っています。
癇癪を起こした時には、何か食べたいか、ドライブに行きたいかも写真から選択。
感情を切り替えるため、夜中のドライブをよくしていました。
夜中に子連れで何をしているのか、警察に度々聞かれたこともあります。
 

食事は好き嫌いはあまりなくても、家では食べむらがあり、何を食べたいのかがわかりません。
いろんなパターンを用意して、食べられるものを食べてもらいます。
おやつは小さいものが好きなので、大きなものは一口サイズにしてあげています。

家での生活でよく使っている工夫は、10カウント方式です。
発達障害の親はよく使う方式で、恵光学園で教えてもらいました。
1,2,3と数えて、10まで行けばやりたくないこと、嫌なことでも終わるよというのを理解してもらいます。
例えば、水は好きでも手洗いやシャンプーを流すのが苦手な湊斗くんですが、10までとわかっているのでじっと我慢。
1個のことを理解するのにすごく時間がかかりますが、根気強く支える日々です。

​5.本当に必要な支援と今後について

支援に携わっている先生や機関が、それぞれに成果を求められている背景はあります。
しかし表面的な成果を求めるがために、当事者である障がい児やその家族を更に追い詰めることがないよう、支援する際は包括的に判断が必要ではないでしょうか。

どのような目標の設定がその子にとってよいのか、やさしい視点で見守っていただきたいです。


未紀さんは​最近、自分の特技であるアクセサリー作りでワークショップの活動もはじめました。
​​子どもも親もほっと楽しめる場がもっと増えるため、これからも繋がりを大切に活動していきたいと考えています。

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-インタビューを終えての所感

未紀さんはこれまでの経験から、義務教育になる小学生までの段階を、町でより支えていって貰いたいとお話しされ、いろいろな子どもを育てる親の味方になって欲しいと私にお願いされました。
基本障がい者手帳や療育手帳は3歳で取得できますが、取得するには2歳半から病院を予約して準備する必要があります。
そこで私はこういった内容をひとつにまとめた『発達支援ブック』のようなものがあれば、親もいろんな選択肢があることがわかって安心できるのではないかと思いました。
現在ことばの教室に通っている子どもたちが60名程だそうです。

小学校にあがるまで、親も子も大変なのは想像に難くありません。
未紀さんは最後に、いろんな方法で親子に寄り添い、支援体制もある『子育てしたい町、上市町』になるといいなとおっしゃっていました。
政治は弱者に寄り添うためにあります。
それは、誰もが弱い立場になる可能性があり、未来の自分を救うことにもなるからです。
自分だったらどのような支援を受けられたらいいか、当事者はどのような支援を求めているのか、大事な視点をいただいたインタビューでした。
未紀さんありがとうございました。
 

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