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第5回強度行動障害と生きる

自分自身を傷つけてしまう自傷行為や、他の人を叩く・噛むなどの他害、物を壊す行為や同じ行動を何度も繰り返すといった特徴がある「強度行動障害」。

そんな強度行動障害と共に生きるKさんの保護者にインタビューしました。

1.幼少期の様子

 

Kさんは生まれてから言葉がなかなか出ず、目も合いにくい様子がありました。

高いところに上りたがる、人と関わることが難しいなどの特徴も見られました。

 

1歳半頃の「あうー」や「ばぶー」といった喃語は少ない子でした。

3歳になっても発語がなかったため、医師に診てもらったところ、自閉症と知的障害と診断されました。

現在は閉園してしまった上市保育園に半年ほど通いましたが、その後富山市恵光学園に転園。

3歳から卒業までを恵光学園で過ごしました。

 

2.小学校から高校まで

その後、黒部市にある富山県立にいかわ総合支援学校へ進学しました。

にいかわ総合支援学校は、小学部から高等部まである学校です。

上市町からは、富山市婦中町にある富山県立しらとり支援学校へ通う子が多いですが、現在上市町役場前に来ているしらとり支援学校の通学バスも、当時は富山市の経堂がバス乗り場でした。

じっと座っていることが難しいKさんは、バスを利用することができず、高校卒業までの12年間家族が自動車で送迎し続けました。

そういった事情で自宅からの通学を考え、にいかわ支援学校を選択しました。

高校生になってからは、デイサービス利用も開始。

支援学校に通っている間は、専門的な教育や指導のおかげで、多動の症状も比較的落ち着いて過ごすことができました。

 

3.高校卒業後

高校卒業後は、作業ができるかどうかに関わらず、知的障がいのある方に豊かなふれあいのある日中活動を提供し、一人ひとりの自立に向けた支援を行う就労継続支援B型事業所に通所。

土曜日は、高校生の頃から利用しているデイサービスを引き続き利用していました。

ある日デイサービス利用時ドライブに出かけ、施設の向かい側の駐車場に戻ってきた後、Kさんは道に飛び出してしまい、トラックにはねられて魚津の労災病院に入院しました。

この事故によりKさんは頭部に外傷を負い、「びまん性軸索損傷」という、意識障害や高次脳機能障害、運動障害が見られるようになりました。

入院中も家族が朝・昼・晩と交替で付き添う必要がありました。

医師から「もう歩けるはず」と言われるようになってしばらくしたある日、Kさんはベッドの柵を乗り越えて歩き出しました。

「歩けるようになった」という連絡が病院からあったのは夜でしたが、家族はすぐに迎えに行き、その後は自宅で過ごすようになりました。

 

その後、就労継続支援B型事業所はKさんには合わず、事故のこともあり通所をやめました。

一方、古民家を改装したアットホームな雰囲気のデイサービスはKさんに合っていたため、就労継続支援B型事業所をやめた後は平日も利用することになりました。


4.「生活介護事業所」と「24時間訪問介護サービス」の利用

2024年4月から、生活介護事業所を相談支援員の紹介で利用し始めました。
デイサービスはこれまで通り土曜日に利用しています。
生活介護事業所は一人ひとりの障害特性や興味関心を理解し、落ち着いて過ごせることを目標に日中活動を行う施設です。

送迎バスがある点は大変ありがたいのですが、Kさんには合わない部分もあったのか、不穏な様子が見られるようになりました。
生活介護事業所に通う前は、21時半頃から7時半頃まで眠っている生活リズムでしたが、夜なかなか眠らず、眠ったとしても夜中の2時や3時に起きてしまうようになりました。

家族が付き添う必要があり、体力的にも精神的にも大変な日々が続きました。


一時期Kさんが不穏な状態で入所もできず、ショートステイも利用できない時期がありました。

どうしたらよいのか相談支援員に相談したところ、24時間訪問介護サービスを行う事業所を紹介されました。

Kさんは2025年6月から在宅介護サービス利用を開始。
家の中にヘルパーが入るということに抵抗を感じる方も多いためか、富山ではまだ利用者は多くないそうです。

 

Kさんは平日の夕方、生活介護事業所から15時40分頃帰宅するため、15時半から19時半まで利用。

土日は9時から17時まで利用しています。

24時間訪問介護サービスケアを利用し始めて、本人に変わりは特にありませんが、目が離せないKさんの介護を担ってくれる人がいることで、家族にとって大きな支えとなっています。

 


5.Kさんの特徴と今後

親知らずが痛かった時期、Kさんは拒食状態となり、体重が25キロ減りました。

痛みがなくなってからは、お米が好きでよく食べるため、今後は一気に体重が増加。

あまり噛まずに食べるため、満腹中枢が満たされにくいようです。

 

また、お風呂が大好きで、「お風呂」という言葉を聞くと、お風呂まで手を引いて「入れてほしい」とねだります。そのため、不用意にその言葉を口にすることはできません。

 

Kさんの将来については、以前は施設への入所も考えていました。

しかし、施設にKさんの生活をすべて任せてしまうことに悩みがあったと、お父さんは話します。

現在は自宅のすぐ近くにKさんが生活できる場所を確保し、24時間訪問介護サービスケアを利用しながら生活する道を考えています。

 

散歩が好きなKさんは、自宅の周りに自然が多いため、のびのびと家の周りを散歩しています。

以前、家から出て姿が見えなくなったことがありましたが、普段から散歩で顔を合わせていた近所の方が、Kさんの居場所を教えてくださいました。

これからも、Kさんや家族にとってどのような生活の形がよいのか悩みながら、日々の暮らしが続いていきます。

 

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Kさん。
インタビューの際には、立ち上がってお父さんの手を引いたあと、台所に座るという行動を繰り返されていました。
当日は、24時間訪問介護サービスの方にも付き添っていただき、インタビューをさせていただきました。
ご協力いただき、ありがとうございました。

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インタビューを終えて

「障がいのある子どもがいると、遊びに行くことも外食に行くことも大きなハードルがあり、常に大変な状態が続きます」と、Kさんのお父さんは語ってくださいました。

 

周囲から「障がいのある子がいるのは大変だね」と言われても、その苦労の本当の大きさは、当事者でなければなかなか理解されにくい部分があります。

 

現在、障がいのあるご本人への支援制度は一定程度整えられていますが、その保護者への支援は十分とは言えません。

家族のケアを優先せざるを得ないため、思うように働くことができない家庭も少なくないのが現状です。

 

Kさんのお父さんは、「上市町のような小さな町だからこそ、障がいのある子どもを育てる家庭が働きやすい環境づくりや、生活を支える独自の制度をつくることができるのではないか」と話してくださいました。

私自身も、身体に障がいのある子どもを育てる母親の一人です。
子育てと仕事の両立の難しさを実感する中で、「障がい児の親が働きやすい社会をつくりたい」という思いが、議員を志した大きなきっかけの一つでした。

 

障がいのある子どもを育てる家庭にとって、「働きたいのに働けない」という状況は決して珍しいことではありません。
だからこそ、障がい児の親の働き方や雇用のあり方について、行政として真剣に考えていく必要があると感じています。

富山県まちづくりコンテストをきっかけに、同じような思いを抱える保護者の方が県内にも多くいることを知りました。

SNSでコンテストを紹介したところ、障がい児や発達特性のある子どもを育てる保護者の方々から、親の就業についての悩みや不安の声を実際に伺うことができました。

まだまだ模索の途中ではありますが、こうした声を一つひとつ受け止めながら、共感の輪を広げていきたいと思っています。そして、同じ悩みを抱える方々が孤立することのない地域づくりを進めていきたいと考えています。

全国にはすでに参考になる取り組みもあります。
仙台市では、一般社団法人Hito Reha​が、障がい児・障がい者の母親が働ける環境づくりを支援しています。「ベビーシッター事業」を通じて、育児と仕事の両立をサポートするユニバーサルシッターのサービスを提供しており、多様な働き方を実現する取り組みとして注目されています。参考記事はこちら
まだ、茨城県古河市にある一般社団法人「Burano(ブラーノ)」では、育児や家事と両立しながら、時間や場所の制約を超えて働くことができるクラウドソーシング型の働き方「kikka」という取り組みが行われています。

こうした先進的な事例も参考にしながら、上市町に合った支援の形を模索していくことが大切だと感じています。

障がいのある子どもを育てる家庭が、孤立することなく、安心して暮らし、そして希望を持って働くことができる地域へ。
 

上市町ではどのような支援が本当に必要なのか。
これからも町民の皆さんの声を聞きながら、一緒に考え、形にしていきたいと思います。

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